『好きなことを仕事にする』って当たり前のこと やりたい仕事がない人は好きなことを見つける

『好きなことを仕事にする』って当たり前のこと やりたい仕事がない人は好きなことを見つける

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本屋さんにいくと、このようなタイトルの本がたくさんありますよね。

これって裏を返すと、どれだけ需要があるかということで、「どれだけ多くの人が好きでもないことをやって悩みを抱えてるか」、ということだと思うんです。

このような本を読んでみると、私は「当たり前のことが書いてあるな」という感想を持ちます。私も学生のころから社会人になった先輩たちの話を聞いても、まったく興味を持てずにいました。自然と「好きなことで生きていく」という信条ができ上がっていました。

だって、たとえば「やりたいと思わないゲームを買いに行くか?」「つまらないと思ったゲームを続けるか?」ということを思っていたんです。しかもその後何十年も・・・?

何のためにそれをやるのか?、がわからなかったんです。

おそらく人生で誰もが一度は直面するであろうこの問題に、私なりの意見を書き記したいと思います。今、仕事探しや生き方で迷っておられる方に「こういう見方をする人間もいるんだな」とご参考までに見ていただければと思います。

『甘い!生きていくために仕事は選ぶな!』にだまされない

自分の人生は自分のためのものですよね。誰のために生きてるんですか?親のため?家族のため?会社、社会のため?

『甘い!生きていくために仕事は選ぶな!』

こういう人は、きっとどこかでうらやましいんだと思います。自分は好きなことで生きてこられなかったから。「批判や否定はたいていの場合、嫉妬があるから」と心理学でも言われているそうです。だから、別にあなたのことを思って言っているわけではないんですよ。

だってこの言葉って言いかえれば『自分を殺して社会のために人生を捧げろ!』ってことになりませんか?それは戦後の社会洗脳ですよ。そんな価値観ばかり蔓延するから人、ひいては社会の成長が伸び悩むんじゃないでしょうか?

よく「勝ち組だ」「負け組だ」なんて言ったりします。批判をおそれずに言えば、そのような価値観で生きるならば生まれたこと自体が負けですよ。

私の基準では人生を楽しめていれば『勝ち』金だけ稼げていても楽しくないならば『負け』です。「金だけ稼げてれば勝ち」という価値観は社会の価値基準に自分を合わせている人のものです。

社会のための人生ではなく、これからは自分のための人生を生きる人が増えていかなければ、社会はこれ以上よくはならなんじゃないかな?と私は思います。

ただし、「寝るのが好きだから寝て生きていく!」こういうのは多分無理です。天才的頭脳の人ならできるのかもしれませんが、私にはわかりません!人の需要を満たすためのビジネスとしてなんらかの発信がないといけません。

この世界では誰も一人で生きていくことはできませんから、自分が好きなことで人も幸せにできたら、それが『好きなことで生きていく』ってことになるのだと思います。

キライなことやってて成功できるの?

最近見た夕方のワイドショーで、『現代の若者たちが責任を負いたがらない』というテーマで放送していました。街頭インタビューなどもしていて、その中で若者たちが「出世して責任が増えるよりも、生活に困らないお給料をもらって、あとは趣味とかを充実させられれば・・・」と言っていました。

ゲームで例えると、それって『作業』になってるんですよね。ひたすらレベル上げとかした経験ありますよね。『現代の若者にとって仕事は作業』なんです。好きなゲームのレベル上げだったらまだいいほうで、つまらないゲームやってる時と同じで感動もなければ向上心も芽生えません。つまらないゲームやってて上手くなりますか?もっと上手くなろうと試行錯誤したりしますか?

お金と生活のために就職した結果がそれなんですよ。

先述のワイドショーでは、その後「今の若者たちはこんな感じですけど、どう思われますか?」と街のおばさんたちにインタビューしていました。すると「だらしない」「ワタシたちの時代は上をめざすのが当たり前だった!」と鼻息荒く語っていました。

その方たちや、そのご家族の方がどんなお仕事をされていたのかとか、詳しいことには触れられていませんでしたので、いちがいには言えないんですが、多分『好きなことをされていた』んじゃないでしょうか?あるいは『仕事が楽しかった』か。

高度成長期の時代はそれこそ寝る間を惜しんで働いていたそうですが、多分「やればやっただけの見返りがあった」のだと思います。

今はまったく違い、年功序列の格差社会で若者がカツカツの時代ですが、それを年輩の方々は理解しておられないので、おそらく意見が交わることはないんですね。

そもそも、またまた批判を怖れずに言いますが、『上を目指すこと』と『安定した職に就くこと』は異なるものではないでしょうか。

上を目指すならば自分の商売・ビジネスを見つけねばなりません。

明治以降、就職が当たり前という価値観になってきましたが、昔は多くの人が自分で商売を見つけて暮らしていました。今でいう就職は丁稚奉公です。つまり人の商売のお手伝いをさせてもらうことになります。つまりどこまで上を目指しても人の下です。

ゲームでたとえると『人のやっているゲームのレベル上げ』です。お手伝いならば、与えられた仕事をこなしていればOKです。つまり今の若者の仕事に対する姿勢は正解と言えるのではないでしょうか?

仕事の上達 = 出世 = 成功 です。

歴史上の成功者・偉人はみんな好きなこと・夢中になれることをやっていたんです。キライなことで成功した人なんて歴史上皆無でしょう。

上達・成功して上を目指したければ、好きな仕事を見つけて打ち込むことが大前提なのです。

人は自分以外の何者にもなれない

日本は自殺者が多くて、年間わかっているだけでも3万人以上が自殺していると言います。

これらの人の中には、何らかの理由で「自分が自分でいられなくなった」「自分以外のものになろうとした けどなれなかった」からなど、文字通り「自分を殺して社会のためにやってきた」がゆえに自殺を選んでしまった方が少なからずいると思います。

人間には向き不向きがあります。全員が同じ機能を持った機械ではありません。

雑な人もいれば、繊細な人もいる

社交的な人もいれば、1人が好きな人もいる

体育会系もいれば、文学好きもいる

たとえば営業マンで人と話すことが得意な人は、仕事も楽しければ、高い評価を得ることもできるでしょう。逆に得意でも何でもない人が得意な人とはり合って、「結果が出ないのは自分の努力が足りないからだ」とがんばっても、身をすり減らし心を病むだけです。

私が使うたとえで、「鳥は水の中で長く生きられないし、泳ぎで魚には勝てない」というものがあります。鳥が魚とはり合って水の中で無理に生きようとするから苦しくなるんです。そのまま続ければどうなるか、結果は見えています。

人には生まれ持った性格というものがあります。鳥が魚になれないように、自分でないものにはなれません。鳥は空を飛んで生きていくしかないんです。まずは空を探してください。

ほんとに好きかどうか

『ほんとうに好きなこと』と、『それほど好きでないこと』を見分ける方法があります。

それは続けられるかどうか、です。好きでないことはほんの少しの挫折でやめてしまうか、それなりの適当になってしまいます。

好きなことなら、挫折しても続けようと思います。楽しいことは続けたいですよね。逆に「やめようと思った」けど、結局続けたことも、好きなことだったからです。

タレントやスポーツ選手にも「やめようと思ったことがなんどもある」という話をする人がいますよね?練習もつらくて、期待を背負って、精神的にも追い詰められて・・・。

それでもやめなかったから。だから成功してその場に立つことができたんです。

好きなことなら、誰にも負けたくないって思うはずです。「適当にできればいいや」と思うことはそれなりの結果にしかなりません。それをもっと好きな人がやっていたら、絶対に勝てるわけありませんよね?

今、なにかやりたいことを見つけたいと思っている人は、まずは興味をひかれるものになんでもチャレンジしてみることです。べつに三日坊主だってかまいません。

今ある分野で成功している人の中にも「子供のころにいろいろやったけど、どれも三日坊主だった」という人がいます。熱中できることに出会うまでには紆余曲折があるものです。

好きだと思えなかったものを「三日坊主ではだめだ」と無理やり続けたところで、上達もしないし時間の無駄になります。

大切なことは「続けたい」と思うものに出会うまでチャレンジすることです。

まとめ

私個人の意見を思うままに書いてしまいましたので、不快になる方もいれば、「まったく参考にならない」と思われる方もいるでしょう。

今の時代、就職難や年収格差と誰もがそれなりの社会生活を手に入れられる状況ではなくなりつつあります。

ですがその代わり、自分が本当に打ちこめるものがあれば何でもビジネスにできる時代です。インターネットを使えばSNSや動画サイトなどでかんたんに発信ができるからです。何百万をつぎ込んで店をかまえなくてもネット上で商品を販売することもできます。

それに社会的な体裁にとらわれなければ、お金をかけずに暮らしていくことはできます。みなが同じレールに乗りたがって、外れたら「負け」という社会的固定観念自体ナンセンスです。

『好きなことで生きていくなんて甘い!』と言いますが、裏を返せば好きなことで生きていく方法を模索せずに「好きじゃなくても楽に生きていける方法を選べ」と言っているのと同義なのかもしれません。

『安定』は『安定』です。失敗でもないが成功というわけでもありません。『安定』です。一度しかない人生で手に入れるものが、『社会』というものさしの上での『安定』だけでいいのでしょうか?

人にとっての成功か、自分にとっての成功か。

人を満足させる人生ではなく、自分が満足できる人生が成功ではないか、と私は思います。

考え方は人それぞれちがいますが、進路や生き方に悩んでいる方には私は「好きなことをしよう!」と言います。それが成功への可能性にほかならないからです。

長くなりましたが、こちらの記事は以上です。

ご訪問ありがとうございました。

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