幸福な人生を送る人に見られる5つの特徴 あなたも幸せになれる!

幸福な人生を送る人に見られる5つの特徴 あなたも幸せになれる!

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「自分は不幸せだ」「幸せになりたい」なんて思うことがみなさんにもあるでしょうか?

でも幸せってかたちのないものですから、誰がそれを持っていて、誰が持っていないかなんて確かめることはできません。

そのかたちは人の価値観によってそれぞれです。

でもそう考えたら、目の前にあるものを「幸せ」とするか「不幸せ」とするかも、結局はその人の心次第ではないでしょうか。

人から見てどんなによく見えるものを持っていたとしても、その人自身がそれを「幸せじゃない」と思ってしまえば、それは幸せではないのです。

では人から見て幸せそうな人はいったい何を持っているのでしょうか?

私はいろいろな人を見て、幸せそうな人が持っているもの、不幸せな人が持っていないものをいくつか見つけることができました。

今回はそんな「幸せな人が共通して持っているもの」について解説していきます。

人の悪口を言わない

これは、戒めとして他人の悪口を言わないようにしているのとは少し異なります。もっと言うと、あまり他人の悪口を言わない、が正しいでしょうか。

だから、そういう人もよっぽど自分に対して被害があったり悪意を感じたりした場合には言う時もあるのですが、それでもあまり言うことがないのは、そもそも他人がどうあれそんなに興味がないからです。

最近、有名人の誰それが高級ブランド品を使っていたりとゴージャスな暮らしぶりをしていることに対して批判が起こっているという話題を目にしました。

なぜでしょう?その人たちのものを取られたわけでもないし、その人が買おうが買うまいがそれで自分の何かが変わるわけでもないのに・・・?

仏教には『悟り』の反対側に『執着』があるとされ、その執着が人間の苦難・苦悩のみなもとであるという教えがあります。妬み嫉み・憎しみ・哀しみ・怒りはおろか、喜びや愛情もその執着の中にあるということです。

そして自らそう思い込むことで人は苦しむとしています。そういった他人の行いに何らかの感情を抱きネットで批判を書き込んでしまう人は、執着があるということになります。

人に批判の感情を抱いて得られるものはストレスによる肝臓の疲労と眉間のシワくらいなものです。ですから幸せになれる人というのは、みんなが寄ってたかって誰かの批判をしている時でも「へえ、そうなんだ」という感じで過剰に取り合うことのない人です。とても健全と言えます。

人は、人をうらやんだり幸せになりたいといった執着をしなければ、自然と幸福の中に身をおくことができるようになるのです。

よく笑う

つまらない冗談をいう人がいたとします。

それに対して「なにそれ?つまらない」と笑いながら言う人は、幸せになれる人です。

口角を上げて笑ったり、微笑んだりすると『幸せホルモン』と呼ばれるセロトニンの分泌が脳内で起こります。

セロトニンはうつ病の予防や改善に効果があるということで注目されています。ネガティブな思考に支配され続けると人はセロトニンを分泌できなくなり、うつ病の疾病確率が上がるそうです。

話は戻ります。今度はつまらないギャグを聞いたある人が、言った人に対して「(チッ)つまんない・・・」と言っていたとします。

そうそう毎日都合よくその人を満足させるようなハイレベルに面白いことが起こってくれるわけはありませんから、つまんないギャグで笑う人よりも、この人は人生において笑う機会が圧倒的に少なくなると予想できます。

つまり人生における幸せホルモンの分泌量が少なくなります。これは物理的に幸せが少なくなるともいえます。

だからといって、つまらないギャグに対して無理に笑い転げて見せろと極端なことを言うわけではありません。

しかし、相手も周りを楽しませようという思いから詰まらないギャグをいったのかもしれませんし、その人をやり込めたところで何かとくがあるわけでもないのです。

つまらないと思ったとしても微笑みを返すくらいの余裕があれば、相手を傷つけず頭の中の幸せホルモンも、とどこおりなく分泌されるのではないでしょうか。

家事をすすんでやる

家事というのは生きて生活を営んでいく上で必要なことです。

家事をしないということは掃除もされることがなく、そういう人の家の中はゴミで溢れかえり、ゴキブリが群れをなし、鼻をつくような悪臭に満ちてしまうことになります。

家の中はその人自身を映し出す鏡のようなものです。

風水関連の本やサイトを見たことがある人ならばおわかりだと思いますが、「○○をどこそこに置けば運気アップします」のほか、「○○をきれいにすれば開運できます」「○○を整頓しておけば○○運が上がります」と、必ずどこかをきれいにすることで運気が上がるとおすすめをしています。

「○○を汚くしておけば運気上昇」「○○がカビだらけなら恋愛がうまくいく」というのはおそらく一つもないはずです。ということはこれは単純に家の中をきれいにしている人、つまり家事が好きな人は運気が高い、ということになります。

以前ネットに「女だからってみんなが家事できると思うな!」と書き込んでいる人がいました。ですが、人が思うか思わないかはさておき、その人自身の問題としてどうなのでしょう。

きちんとやっている人がいる以上、できない人は劣っているということになるのではないでしょうか?

家事をするのに特別な才能は必要ありません。誰でもできることです。要するにできないという人は家事がきらいということです。

掃除、洗い物といった家事ができないということは、その人は虫のたかるゴミ屋敷に住んでいることになるはずです。風水的にいえばとんでもなく運気の悪い家です。

しかし、もし家がゴミ屋敷でないとするならば、それは家族のほかの誰かがやってくれているから、ということになります。

ここからが重要です。家事をやらない人は、ほかの誰かが家事をしてくれているのを手伝おうとしないということです。

「家事をしたくないから」周囲の人にすべてを押し付けよう。そのような人は家族がしてくれなければなっていたであろう汚家そのままの人です。なぜなら、家の中はその人の心を映す鏡だからです。

外面と内面どちらかが良くてどちらかが悪いということはあまりなく、内面のしっかりしている人は身の周りの整理整頓もきちっとできているものです。

家の中が物やゴミで散らかり放題の人や、人にまかせっきりの人が「私は心がきれいです」と言っていたとしても、それは信用に足るとは思えません。

そしてやはり、一人住まいなど誰にも任せられない状況で家事をするということよりも、自分以外にだれか任せられる人がいたとしても自ら率先して家事をしようとするかが大切なことです。

それは、人のために何かをすすんでできる人かどうか、ということの証だからです。

また、先述のネット書き込みの人は「女だからって~」と書いていましたが、生きている限り家事は必須のものなので、女や男といった性別は関係ありません。

結婚している夫婦で、「自分ばかり家事をやっている」「夫が家事を手伝ってくれない」という奥さんや、「こっちは仕事で疲れているんだから 家事はそっちの仕事だろう」という旦那さんの話を聞きます。

しかし、これは両方とも幸せにならない人たちです。おそらく立場が逆でも不平不満を口にするでしょう。

「夫は外で一生けんめい働いてるのだから、そうじや炊事をがんばって家の中では少しでもくつろげるようにしてあげたい」という奥さん。

「いつも自分のご飯を作ってくれたり、服を洗ってくれたり、家の中をきれいにしてくれて大変だろうから、休みの日くらい家事を手伝って減らしてあげよう」という旦那さん。

自分よりも先に人を思いやる。こういう人たちには家族ばかりでなく、多くの人の信頼・尊敬が集まります。ひいてはそれが人生の中で仕事や自分の目標を成功させることにもつながります。

これらをふまえて、家事が好きで進んでできる人は幸福になれる人です。

家族と仲がいい・家族を大切にしている

幸せそうな人たちは、親・兄弟・旦那さん・奥さん・子どもなどとの良い関係を築いている人が多いようです。

その逆もしかりで、家族仲が悪かったり疎遠だったりする人たちは、普段家族のいないところで他の人と接している時でも、どこかに影を背負っているような印象を受けます。

家族と将来のことでもめている子どもや、夫婦仲が冷え切っていて家の中でもほとんど口を利かないような人たちは、外でも明るくハツラツとした表情をしていないものです。するとほかの人間関係でもとっつきにくく敬遠されがちになります。

それもそのはず。家族はほぼ毎日必ず顔を合わせる人達ですから、その環境が心に直接影響を与えていると言っても過言ではありません。

何か自分にとって1つうれしいことがあったとします。例えば、テストの成績が良かったとか、職場で大きな仕事を任されたとか。

家族仲・兄弟仲の良い人は、家に帰って「ねえねえ、聞いて!」なんて言いながら話します。そしてそれを聞いた家族は「へえー!すごいね」と共感する、といったように、よろこびの共有が起こります。家族がおたがいにそれを共有し合えば、喜びの数・量は何倍にもなるのです。

すると先述したセロトニンの毎日の生活の中での量も大きくなり、より幸福感を感じられることになります。それに家族が喜んでくれたら、「次もがんばろう」「もっとがんばろう」という気持ちになりますよね。

家族関係がよいものでないと、そういった付加価値もなく自己完結で終わります。今の家族関係がいいものでない人が幸福感を感じられる人生にしていくためには、改善していく必要があると感じます。

またそう考える時に、「だって親が~」「兄弟が~」と考えるのもいけないことです。それは人への期待値や依存心が高いことを意味しています。

人間関係とは2人以上の人間がいて成立するものです。家族仲が悪いことに、自分の責任がまったくなかったとは言い切れないはずです。表情・習慣・言葉などなんらかの要因があるはずなのです。

自分の環境をかたちづくるのは自分自身です。誰かのせいにしてはいけません。まずは自分の相手に対する心・習慣・態度を改める必要があります。人を大切にしない・愛情のない人は、人から大切にされないし、愛情を受けません。

自分が変われば相手が変わる。自分を変えることで相手を変えるのです。そうすることで、人生の中で笑顔の回数・時間が増えていき、幸福な時間がどんどん増えていきます。

家族を幸せにすることで、自分もまた幸せになっていくのですから、やはり家族は大切にしなくてはいけないのです。

自主的・人を喜ばせる

幸せになる人というのは、言いかえれば幸せを感じるのが上手な人です。自分の喜びだけでなく人の喜びにも幸せを感じることができます。

不幸せな人の共通点で一番おおきなものは他人への依存心が高いということです。他力本願とも言えます。

それらの人の思考をまとめると、「あれをしてもらっていない」「もっとこうしてほしい」「こんなことをされた」とすべて他人発信の受け身姿勢でものを考えています。

この世界は1人の力だけでは生きていくことは不可能ですが、人と人とは本質的に対等のはずで、誰もが助け、助けられて生きてます。人に助けてもらいたいならば自分がまず人を助けなければなりません。

幸せな人の思考は「あれをしてあげたい」「こうすれば喜ぶのではないか」といったように、自分が人のために何かをすることが主なものです。

ですから、それをしたことによって「自分はこれをしたのだからこうしろ」「自分はこんなにやっているのだからもっとこうしてほしい」などという見返りを求めることはありません。

見返りを求めるのは自分のためにしていることなので、愛情ではなくエゴイズムです

こういう話をすると思い出されるのが、昔あったドラマのタイトル『ダメンズウォーカー』です。内容はあまり知らないのですが、甲斐性なしのダメな男をいつも好きになってしまい、尽すばかりでなかなか幸せになれない女性の話だったかと思います。

ですがそれは男がダメなだけで、そのような尽すタイプの人自体は優れた心の持ち主であり、幸せになれる体質を持っていると言えます。それは男女が逆でももちろん同じです。

反対に尽くされる(尽されたい)タイプというのは先に上げたような『依存性の高い受動的なタイプ』です。「何をしてもらえるか」「どれだけ価値のあるものを与えられるか」という思考回路を持っています。

人それぞれいろいろな見方や好みがあるとは思いますが、相手にとって幸せをもたらしてくれるのはやはり前者ではないでしょうか。尽すタイプは相手を喜ばせよう、幸せにしようという気持ちがありますから、相手も自然とそれに応えたくなります。

尽くされるタイプ同士だったら・・・どうでしょう?

ですから、自主的に相手を喜ばせようと尽くすタイプ同士が結ばれれば、必然的に幸せになれるということになります。

まとめ

今回はこのブログの1つのテーマになっている『心』のあり方としての幸福論を、5つの例でまとめてみました。

幸福の代名詞としてよく言われるものに『お金』という価値観があります。

持っていない人は「お金さえあれば幸せになれる」と考えます。しかし、持っている人の中には「お金はあるけど、それだけで幸せにはならない」という人もいます。

ですから、それはおそらく本質とは違うのです。

『いつも笑顔で、整理整頓などの家事を能動的に行い、家族・人を喜ばせることのできる人が幸せになれる。』これはあくまでも私の視点からの個人的な意見ですので、人によって見方は異なると思いますが、まったくの間違いではないと思っています。

そう考えれば、幸せになることとはそんなに難しいことではなく、誰でも手に入れられるものなのではないかと思います。

もう一つ最後にまとめの言葉をそえると、『人を幸福にできる人が真に幸福な人』ではないでしょうか。

それでは、こちらの記事は以上です。

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