負け組?勝ち組?『さえない人生』を送るのは目先の金で仕事する人

負け組?勝ち組?『さえない人生』を送るのは目先の金で仕事する人

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負け組とか勝ち組という言葉がありますよね?一体その基準はどこで決まっているのか、と考えてみたんです。もちろん人によって価値観は違うのでその答えは千差万別なことでしょう。

大雑把にですが、私なりに出した結論は、【自分の仕事を周りの人に誇らしげに語れるなら勝ち組】【それ以外は負け組】ということです。

そしてさらに考えていくと、目先の金や待遇に囚われて就いた仕事って間違いなく前者になり得ないんです。早くに仕事を辞めたり、仕事で病んでしまう理由はここにあるのではないかと思います。つまり、始まる時にはすでに詰んでいるということです。

ひいてはこれが社会全体の労働環境の悪化を生んでいるのではないでしょうか。

ここからはあくまで私の持論ですが、現在就職活動中の人や、「求人サイトを見てもまったくいい仕事が見つからない」と思っている人は、よろしければ参考にしてみてください。

就職するための就職

大学生活の後半にもなると、どの学生もほとんど例外なく、競い合うように就職活動戦線に乗りだし、やれ「大手だ」、やれ「ホワイト起業だ」、やれ「いくつ内定出た」、と息まいています。

世の中が何十年そういう風に仕向けてきて、それが是としてきたのだから、それは無理もない話です。

でも、果たしてその中に【本気で人生のための仕事】を選択してる人ってどれくらいいるのでしょうか?むしろ、

逆にその一流企業と言われる会社の人事・面接担当の人に聞いてみたいのは、「御社に面接に来る人の中で『御社でなければ自分のやりたいことができない』とか、『たとえ一流でなかったとしても高給でなかったとしても、御社の理念に魅力を感じて来ました』と本気で考えてきた人はどれくらいいると思いますか?」ということです。

私は、会社の規模や待遇で就職先を選んでいる人に、おそらくそんな人はいないんじゃないかな?と思います。これがいわゆる【就職するための就職】ですね。

まぁ、それこそ優良企業なら「業務内容はどうであれ、待遇はいいだろう。」とリスク回避目的で選んでいると推察することができます。

ですが、「世の中や周囲の人がいい会社だって言うから…」という主体性のない姿勢で仕事に就いた人が、「思っていた仕事と違った」とか「考えていたよりきつくて…」という理由で、1年とか半年で仕事を辞めているのが現状です。

自分がその仕事や業界に本当に入りたいと思っていたのなら、今の時代ネットがあるのだから、どんな仕事でどんな風に大変かなんてすぐに調べがつくはずですよね。そんな予備知識も持たず「就職できた。ラッキー!」と考えて入った人の末路がそれなんですね。

持論ですが、【ただ就職情報を開いても、そこに自分の人生を見つけるのは困難】です。

なまじっか責任感が強かったために我慢し続けてしまい、鬱になったり、最悪自殺してしまう人もいます。そうなる前に辞めることができないのも、また主体性の無さから来るのではないかと思います。

成功を収める人は順序が違う

すごく簡単な例を言うと、オリンピックのメダリストのような一流と呼ばれるアスリートは「金が稼げるから」と言って始めたわけではないんですね。

その競技が好きだったからやっていたら、後から名声や金がついてきただけの話です。

宇宙人がいないと言い切れないように、まったく好きじゃないことをなぜかやり続けて一流になれる超天才もいるかもしれません。

ですが、好きだったらもっとすごい成績を収めていたかもしれません。もっと言えば、好きじゃないことで成功できるのだから、好きなことをやっていればもっと偉大な成功を収められたかもしれないのに、もったいないという考え方もできます。

ビジネスの分野でもそうです。コネでなく、あくまでも正攻法で身一つで成り上がったような人(このあたりの認識は私と世間の認識が違うかもしれません)。

例えば日本の偉大な起業家として真っ先に、『経営の神様』と呼ばれた松下幸之助さんが思い浮かびますが、この方もやはり「自分の発明で世の中の人の役に立ちたい」という思いを持っていたのです。

やはり、【金よりも先にやりたい仕事があった人】です。

社会生活は日々これ戦い、日々これ苦難。

その時に心が動揺するかしないかは、信念の有無で決まる

松下幸之助

【仕事で成功を収める人】と【就職するための就職をする人】とは、スタート地点で違うと言えます。仕事が「思っていたのと違った」という人はそもそも信念がなかったということになります。

松下幸之助さんは小学生くらいの時には働きに出たそうですが、周りと同じように普通に学校行って普通に安定就職してという人だったら、偉人でもなければ、今のPanasonicも存在しなかったかもしれません。

『継続は力なり』×『継続できることが力になる』○

これは同じことを言っているようで、実は違うことを言っています。

要は、何でもかんでも続ければいいってものではないということです。初めから信念のない事を続けようとしても無駄です。

私は仕事は辞めたいと思ったら一秒でも早く辞めますし、そうするべきだと思っています。金は稼げるかもしれないけど時間の無駄になるからです。もっと言えば仕事先の人の時間も無駄になります。

例えば『石の上にも三年』という言葉がありますけど、座った石の形は人それぞれ違いますよね。

適当にチャラチャラ要領よくやってる先輩が、偉そうに新人や部下に命令して楽しているような職場だったら、先輩にとっては座り心地のいい石かもしれませんが、部下にとっては座り心地の悪い石じゃないですか?

座った石が思い切り尻に刺さって苦痛を感じている人に、自分の尻になじむ座り心地のいい石に座っていた人が、何を言っても説得力はありません。

人となり・境遇も省みずになんでもかんでも杓子定規ではかれるものではないのです。

それこそ『思考停止』と呼ぶべきものです。

以前テレビで坂上忍さんが、早くに仕事を辞めてしまった若者たちに説教をしていたんです。

ですが坂上さんが、もしテレビの仕事が嫌だと思っていたなら、辞めてサラリーマンにでもなっていたはずでは?と思います。

なぜ辞めなかったか?単純に「嫌じゃなかった」からですよね。だからテレビ業界で今の地位を確立するまで身をおいていたということではないでしょうか。

ですから、境遇が違うのでそこに説得力はないということです。

『人生は仕事』なら適当に決めるな

「仕事は選り好みするな」「人生は仕事だ」

このように、聞いていると往々にして矛盾していると感じることがありますよね。

「なぜ人生は仕事なのに、選り好みしてはいけないの?」と思いませんか?

別にその人たちも仕事を決めた時にくじ引きかなにかで決めたわけではないですよね?最初に『ドブさらい』と出たらドブさらいを何十年続けていたんでしょうか?

昔は家業や自分の仕事がない人や貧しい人が『丁稚奉公』という名の、人の家業を手伝う出稼ぎに行っていました。

それが現代の就職・雇用労働です。ここ100数十年くらいの間にそれが常識になりました。

言ってしまえば、就職するという行為そのものが妥協策なのではないかと思います。

例えば、自分でやりたいこと好きなことを仕事にしたら毎日が充実する可能性があります。ですが、その商売を軌道に乗せてまともな収入を得られるかはわかりません。しばらくはお金を稼げないかも知れません。

すでにある人の商売を手伝えばまとまったお金がもらえるのですから、それは楽なはずですよね。

【貧者は目先の小さな利益を追って、未来の大きな利益を逃す】

堀江貴文さんがこのようなことを語っていたようです。

東大生って頭いいようで頭悪いんだよね。苦労して東大に入ったのに、どうして東大よりめちゃくちゃかんたんな大学の学生と同じ就職試験を受けなくちゃいけないの? バカなんじゃない?

私は東大生ではないのでそこまで言えませんが、日本人は特に起業という選択肢を持つ人が少ないそうです。

東大生のように、誰よりも努力できて優秀な頭脳を持っている人達でさえ、ほとんどはどこかに雇用されることを選択するのです。

言わばこれも主体性の無さであるという風に思います。日本の産業の競争性や雇用情勢の悪化が頭打ちになってしまったのはこういう側面があるのではないでしょうか。

【傘に入る人ばかりで、傘を持つ人が減った】のです。

話を戻しますが、人生が仕事ならば仕事こそ適当に決めてはいけないものなのです。

技術や資金のない内からすぐに起業、というのは確かに難しいかもしれません。しかし、「何か仕事を探そう」と思って求人サイト・求人情報誌を開くのは、まさに妥協以外の何物でもありません。

一部のエリートならいざ知らず、闇雲に求人サイトを探しても、今は東京でさえ、人数合わせで大量に送り込まれる派遣作業員のような仕事ばかり。やりがいなどと言うものとは程遠いような仕事が無数にあるばかりです。

そんな履歴書の応募動機も思いつけない(あるいはでたらめしか書けない)ような仕事にどんな未来があるというのでしょう。

本来であれば求人情報を開く前には、すでに「こういう仕事ができる会社を探そう」とか「将来こうなりたいから、こういうスキルを得られる会社を探そう」という風に決まっているべきなのです。

そのようにして仕事を選ばなかった人が、毎日ストレスを抱えながら職場と家を往復し、日曜日には『サザエさん症候群』を発症しているわけです。

元々は『勝ち組』『負け組』という話でしたが、その時点で【勝ちの目】はないということになります。

まとめ

書いている時に思ったのですが、ネットで無職やフリーターやニートと、働いてる人が書き込みバトルを繰り広げていることがあります。

普通に働いている人が、働いていない人を思いっきり見下してコメントするのです。

でもあれ、はっきり言ってどっちもどっちだと思いませんか?別に働いている人はその無職の人に金をあたえているわけでもないし、自分の金の為に働いているだけなのだから、偉くはないんですよね。

前回のブログでも書きましたね。「被害のない事への批判は羨望や嫉妬」

本当に充実している人たちは、ネットで無職やニートの人相手にいちいちそんなことを書き込んだりする暇など持て余してはいません。

さらに言えば、自分が楽しい仕事をしていたら他人に当たり散らすようなストレスを溜め込んでいませんよね?そもそもどうでもいいはずです。

ネットのそこかしこで何かに批判的な書き込みをしている勤め人の中に、自分の仕事に誇りを持って充実した毎日を送っているような人はいないでしょう。

だから騙されてはいけません。それは池や海で亡くなった人の地縛霊が「こっちへこい…こっちへこい…」と引きずり込もうとしているようなものです。

ネット掲示板でくだらない書き込みをする暇もなく、仕事のことを考えると楽しくなるような人生。それが私の考える【勝ち組】ですね。

自分で「私は勝ち組だ!」と、そう思えるような仕事を選んでいただきたいと私は思います。

それでは今回の記事は以上です。お読みいただきありがとうございました!

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