「人は第一印象で9割決まる」でも人は第一印象で人の良し悪しを判断できない

「人は第一印象で9割決まる」でも人は第一印象で人の良し悪しを判断できない

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少し前の話になりますが、インターネットに書き込まれたある投稿を見たんです。

世の中では自分のようにオタクっぽい見た目をしていると、「異性に対しての犯罪をしそう」などと見られてしまう。

でも実際には自分のような人は積極的に異性に関わるようなことをしないので、これは心外。むしろこういう犯罪は、見た目がよくてコミュ力のある人間の方にこそ、多いのではないかと思う。

そういう人のほうが相手もひっかかりやすい。

このような内容でしたが、非常に大きな反響を呼んでいました。

私はこれを見て、的を得ているなと思いました。

というか、言ってしまえば、罪を犯すのは人間性で合って、見た目はあまり関係ないんですよね。ですが「同じ犯罪をするにしても見た目がいい方が相手がひっかかりやすい」という部分については真理ではないかと思います。

人間関係の真理の分野で言われる「人は第一印象で9割決まる」「見た目で10割決まる」というのは「相手に思い込ませることができる」というだけなんです。

たいていの場合、人は第一印象で人を判断できていません判断できているけどそれが誤っている、とも言えますね。

今回はそんなお話です。

人気者に隠されている(かもしれない)素の顔

最近放送していた『アンビリバボー』でやっていた、実際に合ったお話です。

とあるアメリカの大学に、とてもルックスが良くて明るく教育熱心な女性の教師がいました。生徒にもとても人気があります。

そんな教師を慕う生徒の中に、学校でもとても人気のあるスポーツマンの男子生徒がいました。男子生徒は教師に対して自分が気があることをアピールします。教師には妻子があります。

いつしか、教師と男子生徒はあらぬ関係になります。

しかし、その男子生徒がそれをほかの生徒たちに自慢話していると、たまたまほかの教師の耳に入ってしまうこととなり、学校に知れ渡ってしまったのです。

女性教師は学校から呼び出され、処分を受けることになります。このことで、これまで培ってきた教師の評判は地に堕ちてしまいます。

しかし、事態は一変します。先生が裁判所に訴えを起こしたのです。「事実無根である」と。

そして、弁護士からの質問によって、男子生徒の話はすべて作り話であったことが明るみになったのです。女性教師は無事に信用を取り戻すことができました。

事の真相は、「この男子生徒がラブコールを女性教師に断られたことに腹を立て、嘘を言いふらした」というものでした。

…というお話です。

この男性生徒のしたことは、人として最低最悪ですよね。自分の逆恨みで人の人生をバラバラに壊しかけたのです。それでも人気者だったというのですから、人からの人気などと言うものは当てにならないものだとは思わないでしょうか?

というのも、この話を目にする前から、私は常々感じることがありました。

昔とある接客業の職場にいた時の話なんですが、私ともう一人の同僚がいました。

同僚は同じ会社ではない近隣の職場の人とも幅広く親しくて、顔の広いタイプでした。

ある時、その同僚の顔なじみがお客さんとして訪ねてきました。あいさつを交わすと私の横で話を弾ませています。

その方が私の方をチラッと見てきて目が合いましたが、私には話しかけてきません。

自分の話をするのも恥ずかしいですが、私は社交辞令とかあまり好きじゃなくて、さらにあまり表情を繕わないタイプなんです。接客業の常識からすれば、まぁ「向いていないタイプ」ですが…それが伝わったのでしょう。

その後、数分の間ひとしきり楽しそうに話し終えて、その方は去って行きました。すると、それを見送った同僚が、私にこう言ったんです。

「あいつ、すごい気持ち悪くないですか?めんどくさいんですよね」

別に怪談ではないんですが、オチが怪談チックになってしまいました。ちなみに私は別にその人を気持ち悪いなどとは感じませんでした。

その人にしてみれば、職場に話をしに会いに来るぐらいですから、相手に気持ち悪いと思われているだなんて、微塵も思っていないはずです。

ですから結局、「その人がいい人か、悪い人か」「自分に親しみを持ってくれているかどうか」なんて、表面で人は判断できていないんですよね。

ですから私は、人気者になろうと思ってなれる人も世の中にはいるのではないかと思います。そもそも自分自身のの人間性があって色んな性格の人間がいるのに、みんなと誰とでもすぐに仲良くなれるなんて、よくよく考えたら不思議な話じゃないですか?

弁解のために言うと、私は別に人付き合いが全部苦手なわけではないんです。時間が経てば普通にプライベートで遊びに行くほど、仲良くなります。

ただ、誰とでも初対面から仲良くなれるわけではありません。素直な方だと自分では思っています。

ちなみにその同僚とは、職場を変えてそれっきりです。

じゃあは一番いい人は『○○○○○』?

「優しい人が好き」などとよく言います。

ですが、もしかしてそれは「口説き落とすまで下心を隠して上手く優しい顔を演じられる人」をいい人だと思っているのでは?と考えるとどうでしょう?

「結婚して3ヵ月くらい経った頃、それまであんなに優しかった夫が、突然別人のように豹変し、暴力を振るい始めて・・・」というのも、まさにありがちな話です。

あれその人の闇…というか本質を見抜けていないんですよね。

私は長年色んな人付き合いをしてきて、始めとっつきづらそうな人ほど実はいい人が多いということが往々にしてあるということを知っています。

タイプで言うとダウンタウンの松ちゃんがそうだと感じます。昔は特に一見するととっつきづらそうなオーラを放っていましたし、一般の人から写真をお願いされても、乗り気でない感じで嫌々といった風に応じる様子だったそうです。

ですが、彼はたくさんの後輩から慕われているのは有名ですし、いい人エピソードもよく聞きます。

松ちゃんが最近セクハラのニュースがあった時に「おれはこんなこと、ようできん」と言っているのをみて、「絶対そうだろうな」と思いました。ちなみに私も、セクハラとか同性から見ても気持ち悪いと思ってます。

逆に、ヘラヘラとして妙になれ慣れしいスケベおやじみたいな、そういう人が「いい人」だと思われている節があるんですよね。

結論を言うと「裏表の使い分けが上手い人」=「いい人」ではないとうことなんです。

もしそうなら、一番いい人は『サイコパス』ということになってしまいませんか?

サイコパスは精神病質者のことで、他人の痛みや苦しみに無頓着で、自分の利益になると思えば、そのために平気でウソをつき人を騙すことができるといわれる人ですね。

あと1つ、こういう話に近い、ネットで以前見た話を思い出したので、リンクを貼っておきます。多分創作だし、怖い話なので、興味のある人だけ見てみてください。

http://2chkowaihanashi-matome.com/archives/34582069.html

本音と建前

たまたま古本屋で手に取った本に書いてあった言葉です。

善い人は本音を言わないことがある 言ってその人が傷ついたりすると思えば、その時は嘘をつく

この話は、この間書いたこの記事の内容とリンクしていますね。

自己肯定と承認欲求 良い言葉をほしがる前に「自分はどうか?」を考える
自己肯定と承認欲求 良い言葉をほしがる前に「自分はどうか?」を考える
最近Twitterでこんなつぶやきが『3万リツイート・7万いいね』と話題になっていました。 今探したら見つから...

ここで疑問が生じます。『善い人なのに、嘘をつくの?』『ウソをつくのは悪い人じゃないの?』というパラドックスが生まれていますね。

すると逆に本音を言う素直な人は悪い人なのでしょうか?

これもまたネットで見た話なんですけど、ニートの人が母に「働かずに食う飯はうまいか?」と聞かれて「働いてた時からそんなにうまくないぞ」と言ったがゆえに追い出されそうになっている、という話があったんです。

やっぱり多くの人から批判を浴びていましたが、その中に「例えそれが本心でも、そんなところも上手く答えてやり過ごせないからニートなんだよ」という意見がありました。

なるほど、と思いました。上手くウソをつけないとニートになるんですね。ということは逆に、いま社会人として上手くやっていけてる人は『上手くウソがつける人たち』ということなんです。

大してやりたくもないけど金の為に来た会社の面接に「御社の理念に深く共感を…」と言ってみたり、まったく尊敬していない上司に「やっぱり○○さんは凄いですよね。そんな風になりたいです」と言ってみたり、そんなバカし合いの上手な人たちというわけですね。

多分、本音を言うと「近いから」「給料がいいから」「休みが多いから」でほとんど終わってしまう話だと思うんです。

そんなに短時間では人事・面接担当も人の内面など見抜けやしないのだから、そんな泥仕合に時間を費やさずにいっその事、学歴・経歴だけで判断したらどうか?と私などは思ってしまいます。

日本は特に『本音と建前』の社会と言われます。でも『建前』っていうと聞こえはいいですけど、どういう意味なのでしょう?

建前では、本音のうちで余り他に知られることが芳しくない事柄が語られない一方、例え本音では自身が望まない事柄であろうとも、それを肯定することで結果的に自身の望む結果が期待されるなら、敢えて認めるなどされる。

ウィキペディアの執筆者,2018,「本音と建前」『ウィキペディア日本語版』,(2018年2月16日取得,https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9C%AC%E9%9F%B3%E3%81%A8%E5%BB%BA%E5%89%8D&oldid=67400184).

つまり、スーパー遠回しに言った『ウソ』です。

私が『自分と社会は水と油』と感じていた理由はきっとまさにこれなのでしょう。そういう化かし合いは実に苦手です。

以前の上司に「おまえ、おれのことが嫌いか?」と聞かれて「はい。だったらなんですか?」と質問返ししたこともあります。相当嫌いだったからというのもありますが、似たようなことはそれ以外にも何度もあります。特に、大したことないのに偉そうにしている人が嫌いです。

履歴書の志望理由も考えても出てこないので、同じようなことを本音で書くだけです。

人を見てくれる採用担当なら高い確率で採用されましたし、紙を見るところならば落とされます。私がこの人は「本音で付き合える人だな」と思った上司は下のみんなから好かれますし、そうでない人は嫌われていました。

私もやはりあまり上に好かれず「下の子がおまえを褒めてたぞ」と言われたりすることがありましたし、下の子に誘われることが多かったです。

おそらく世の中の人は大きく分けると『本音の人』と『建前の人』に分かれると思います。

さて、あなたの仕事などで付き合いのある、信頼できると思っている人は、『本音を言ってくれている人』『建て前が上手に使える人』のどちらでしょうか?

まとめ

今回は『人は第一印象で人を判断できない』というお話についてでした。所々また自分の話が出てきてしまい申し訳ない限りですね。

また、怖いというか、人を疑心暗鬼にさせるような記事になってしまったかもしれませんが、ご容赦ください。

ただ、これは本当にずっと前から思っていたことで、今回きっかけがあり、堰を切ったかのように書くことがあふれてきてしまいました。

まぁ、私が善い人なのかと言われれば、別にそうではないのですが…でも善い人に見せかけて人を騙そうと近づいてくる人間も世の中にはたくさんいるので、表面だけに捕らわれてそういうのに騙されることのないようにしてほしいですね。

逆に、初見では善い人に見えなくても、気の優しい人もたくさんいます。冒頭のオタクっぽい人じゃないですけど、そういう風に見た目だけで判断されたりするのは可哀想なことです。

それでは、今回の記事はここまでとなります!

お読みいただきありがとうございました。