剛力彩芽さんのインスタグラム批判および削除の件 原因は『嫉妬』にある

剛力彩芽さんのインスタグラム批判および削除の件 原因は『嫉妬』にある

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剛力彩芽さんが交際相手のZOZOTOWN社長・前澤友作さんとロシアのワールドカップを観戦した様子を自身のインスタグラムでアップしたところ、多くの批判を招き、過去の投稿を全削除するというニュースがありました。

個人的には「何で削除したんだろう?」って思いました。昨今は『インスタ映え』なんて言って、おしゃれな生活や、豪勢な食事の画像をアップして人にドヤるのが流行りなんですから、剛力さんが社長の彼氏さんとワールドカップ応援の画像を上げてもまったく問題ないと思うんですが・・・?

察するに、本人からすればやはり人気商売なので、炎上するような事態をなるべく早く収束させたかったという事もあると思いますが、要するに「めんどうくさかった」のだと思います。

自分には想像できませんが、自分の行った投稿に対して不特定多数の人間が次々とネガティブな書き込みを行ってくる状況は、やはり辟易してしまうものなのでしょうね。

今回は剛力さんのインスタグラム削除の件について考察してみました。

剛力さんのインスタグラム批判は『嫉妬』

今朝のとくダネ!で剛力さんのインスタグラム削除に関する特集をしていて、街角でインタビューを行ったところ「別に問題ないと思う」という意見もあるものの、「芸能人なのだから夢を壊すような投稿はやめたほうがいいと思う」「プライベートは隠してほしい」なんて意見が女性中心にかなり見られました。

でもこれって本心なんでしょうか?

自分が大ファンの芸能人についてこのように思うならわかるのですが、、街角でランダムにインタビューされた人なので特に剛力さんの大ファンという様子ではありませんでした。

そこに違和感をおぼえました。

この件についてデーブスペクターさんはこんなツイートをしています。

資本主義はどうでもいいけど、前半については自分も同じこと考えました。

この事から考えるに、日本のそういう方たちはむしろタレントさんを神格化し過ぎだと思うんですよね。タレントも人ですよ。嬉しいことがあったら一般人と同じく自慢もインスタでドヤもしたくなるんですよ。

一般人にもロシアワールドカップにカップルで行ってインスタアップした人は大勢いたと思うんですけど、なんで剛力さんだけ批判されたんでしょうか?

つまり何が言いたいかと言うと、口では上のように言っているけど、本心はやっぱり「彼氏が大金持ちだから嫉妬してるだけ」だと思います。

一度仕事に関連した投稿の時にも書いたことがありますが、【自分に直接被害のない相手に対する批判は嫉妬】なんですね。

なぜか人は「嫉妬してるでしょ?」と言われても、絶対に自分が嫉妬しているとは認めたくないようなところがあるんですよね。ですが被害のない相手への批判は嫉妬です。しかし、それを自覚できている人は見たことがないです。

デーブさんが言うように、アメリカではこんなタレントのプライベートアピールは日常茶飯事で、それでも問題ないわけですから、アメリカ人は嫉妬しにくく、日本人は嫉妬深いってことなんでしょうか?

おれ自身の考えでは、嫉妬は醜い感情ですから、日本人にこんな感情を抱いてほしくないですね。

大体、もし不快なんだったらそれこそ見なきゃいいだけなんですよ。不快になるものをわざわざ見に行くというのが、理不尽の極みです。

仏教とか般若心境の訳とか読むとわかるんですけど、人って自ら苦悩や苦しみを作り出すようにできているそうです。「苦しみたい」みたいなことなのか?人を憎んで攻撃することでいい気持になれるのか?俺にはわかりませんが。

その部分を自覚して何ごとにも動じないようになれる人だけが、自分の幸せを見つけることができるんですよね。

とはいえ批判はなくならない

批判と言うのは成功者以外から生まれます。成功者はわざわざ他人の動向に執着しません。

世の中成功者と呼ばれる人は一部で、大半はそうでないわけです。ですから絶対に批判はなくなりません。アダムとイブが木の実を食べたからなのか、はたまたパンドラの箱が開けられたからなのかはわかりませんが。

1万人の支持者がいれば、100人批判する者がいる。支持者が100万人になれば、1万人批判するものがいる。

別に自分は剛力さんのファンというわけじゃないのですが、インスタグラムの投稿は削除しなくてよかったと思いますよ。批判する声のでかい100人よりも、応援してくれる1万人に目を向けた方がはるかに有意義だと思います。

そういう人たちって物事・ジャンル・人物に関わらず、お手てつないで何かを批判できるのが気持ちいいからやってるだけなんです。要するにストレス解消。批判できればなんでもいいんですよ。

剛力さんの恋人・ZOZOの前澤友作さんが、剛力さんのインスタ削除の件を受けてこのようにツイートしています。

おれはZOZOTOWNも利用していないので前澤さんもあまり存じ上げないのですが、これは恋人の剛力さんを擁護する素晴らしいツイートですよね。

でもこのツイートにはちょっとした皮肉が込められています。

そもそも「出る杭が打たれる」こと自体がおかしんですよね。世の中のあらゆる出る杭が打たれたらなんの面白みもなくなってしまいます。共産主義や総中流社会じゃないんだから。

あ、これも皮肉ですが。

しかしよく考えると「出る杭が打たれる」というのは上の立場から行うことで、この場合どっちかというと自分が持たざるものを持っている人間が妬ましいという状況ですよね。

ですから「下から引きずり堕とす」がふさわしいのではないかと思います。

このお二人にはこれからもどんどん自分のスタイルを貫いて、発信し続けてほしいと思います。

おまけ『有名税』なんてない

よく芸能人が批判されたり、勝手に写真撮られたりするのを「有名税だから仕方ない」という人がいます。

本当に信じられませんね。自分の民度が低いだけなのを「おまえが有名だから仕方ないだろ」ってのはまったくおかしい論法です。ならば、「金持ちなんだから金を盗まれても仕方ないだろ?」って空き巣にでも入るんでしょうか?

少なくとも一般人にそんなことを決める権利はないんですよ。『有名税』なんてものは詭弁なんです。そんなものがあるんだったら政府が法整備してしっかりと税金を徴収しますから。

まとめ

ほろ酔いで久々にトレンドネタを書いてしまいました。ちょっと納得できないなってことがあると言わずにいられなくなります。

日本だとレール社会というか和を重んじるところがあって、前澤社長が言うように、ちょっと目立つ人がいると杭を打つように無理やり整列させようとするきらいがあります。

このことで昔のことを思い出しました。

今でこそFacebookなどで当たり前にはなっていますが、昔、mixiやGREEなんかのSNSが流行り出したころに、『トップ画顔出しのみ』みたいなコミュニティーがけっこうあったんです。

自分も顔出してたので勧誘されて加入したりしていたんですが、一方でSNS内の掲示板に「顔出しとかしてるやつは悪用とか怖くないの?バカなの?」みたいな板が立つわけです。

そこで「他人が顔出しても君には関係ないのにどうしたの?」と聞くと「関係ないけど、自意識過剰みたいで不快だ」というわけです。そこで「だから自意識過剰でも関係ないでしょ?自分ができないことへの嫉妬では?」というとダンマリになりました。

だいたいその人の顔にどれだけ悪用する価値があるというんでしょう。要するに悪用されるから出さないわけじゃなくて、自分が顔出しできないのに出せる人たちが妬ましかっただけなんですね。

世界を見ればわかるようにこういうのはもう流行らないですね。何もかもグローバル・スタンダードに合わせる必要はないにしても、こういったマイナス面は解消していったほうがいのではないかと思います。

「自分が目立たないのは勝手だけど、それを他人に強要するのは違うんじゃないの?」ってことですね。

それでは、この記事はここまでです。tomoでした。ありがとうございました!

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