『好きなことをして生きていく』のに「正しい」も「正しくない」もない!

『好きなことをして生きていく』のに「正しい」も「正しくない」もない!

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ネットニュースを見ていた時、ZOZOTOWNの前澤社長さんが「好きなことを仕事に~とTweetしたことで話題になっているという記事を見つけました。

こういったテーマは過去に自己啓発本などでもいく度となく扱われてきたテーマですね。しかし多くの成功した人物たちもまたこのように語っています。このブログでも今までにこのテーマにふれたことがありますが、個人的にはこれに賛成です。

しかし世の中にはこのことについて否定的な意見を持った人も多くいるようで、前出のTwitterは波紋を呼んだようです。

ではなぜ「好きなことをして生きていく」ということについてこれほど賛否両論が巻き起こるのでしょう?そのことに今回改めて意見を述べていきます。

好きなことをするもしないも好きにしたらいい

「好きなことをして生きていく」ということへの具体的な反対意見を要約すると、「好きなことをして生きていく人ばかりになったら、社会で必要とされるさまざまな仕事をする人がいなくなり世の中が成り立たない」というもののようです。

それはたとえば、高齢者のお世話をする介護職、行政・役所の仕事をする公務員、その他もろもろといったところでしょうか。

ですが、おれとしてはこれを聞いて「ん?」とちょっと腑に落ちないところがあります。

第一にその意見を言っている人たちは、一体どの立場・目線からそう言っているのかというのが見えないんです。このことに限らずネットの書き込みにはありがちではあります。

つまり上のような反対意見を述べているのが、世の中に必要な職業を実際にやっている人なのかどうかによって、大分見方が変わってくるということです。

ここで有名な量販チェーン・イトーヨーカ堂の創始者の方が語ったある言葉を紹介します。

うろ覚えですが、「商売のほとんどは世の中に必要のないもの、やらせていただいているものである」というものです。

そう、例えば修行をして一人前の料理人になって店をかまえるのも、その人がやらなくてもほかにも店はいくらでもあるわけです。でも「自分の美味しい料理を人に食べて喜んでもらいたい」という気持ちがあるからそれをやるんですね。

ほとんどの営利目的の企業はそこに属しています。極論、なくてもいいんです。それでもやっているのは、やはりやりたいからやっているんです。それは創業者に限らず、もちろんそこに勤めている人も同様です。

ではどのような立場から『好きなことをして生きること』に対する否定意見が出るのでしょう。

おれ自身はZOZOTOWNを一度も使ったこともなければSNSでフォローしていたわけでもないので、擁護するわけではないということを前置きしたうえで―――

最近のネットは誰でも誰に対しても(匿名やハンドルネームで)物を言えるようになったせいか、とくに権力のある人や有名人の発言に対しては過剰反応とも言えるほどに反論や批判がよせられているのが見受けられます。

今回の議論に加わった人の中に、「ほんとうは違う夢があったけど社会が回らないと困るから、電車の車掌になった!」「私は好きでもないのに社会に必要だと言われたから警備の仕事をしている!」という当の本人たちがいるなら、まだしもその意見に考慮の余地があります。しかしそんな人がその中にどれだけいたのでしょう?

そのほかに「この仕事は好きじゃないし、そのうちやめようかと思っていたけれど、その前に結婚しちゃって子供が生まれたからやめられなくなった」という方は理解できます。ですがその仕事をしてながら家庭をもうけたのもまた、当人の自由選択だったということになります。

問題なのは、察するにそういった反対意見はそのどれでもなく、「それなら世の中のあんな職業やこんな職業の人たちはどうするんだ?絶対その仕事が好きなはずはないけど、世の中に必要だからやっているんじゃないか!」と関係ない人たちが、人のことを勝手に持ち出して、反論という名のあげ足取りのために言っている気がしてならないのです。

別の言い方をすれば、言い訳があるのではなく、言い訳を探している、持ってきているのではないか?ということです。

それに対し聞いてみたいです。「あなたがそうなんですか?」と。さらに「あなたは社会のために自己犠牲精神で現在の仕事を選ばれたんですか?」とも。

いずれにしても、結局は権力者富裕層に対するあげ足取り、かいつまんでいえば『嫉妬』ということになります。同時に「私は好きなことができていない!」と声高に叫んでいるも同然です。

くり返すようですが、戦時のシベリア抑留兵の方たちのように無理やりムチを打たれるように仕事に就かされ、働かされているような人は、少なくとも現代の日本にはほぼいないはずです。

介護職や役所勤めや警備や工事、が好きな仕事だからやっている人もいると思います。大概の人たちは望んでその仕事に就いたのではないかと思います。それはつまり好きなことを仕事にしているのと同じことではないですか。

好きなことを仕事にするもしないも好きにしたらいいんです。結局は本人の自由選択なんです。そこに批判が起こることすら、本来であれば不思議なことです。

やりたくない仕事で給料も低い

ZOZOTOWN社長の件のTweetの後半部分はこのようにつづられています。

人がやりたがらない仕事は、1.機械やロボットがやる2.あえてそういう仕事を好んでやりたいと思う責任感や使命感のある人が、超高収入を得ながらやるのどちらかになると思う」

これと同じようなことをホリエモンさんも言ってました。

そうなんですよ。自分たちがその嫌な仕事をしなければ社会は停止すると本当に考えている人がどれだけいるかはわかりませんが、じゃあ、もう停止していいじゃないですか?それくらいで回らなくなるなら。

少なくともおれは皆さんほど善人、いやお人善しじゃないです。(ですが、思いやりのある人ほど物をはっきり言うし、口も悪いという説もあります)

日本の労働者は時代を経るごとにどんどん低収入、いや貧乏になっていってるんですよ。でも日本全部じゃありません。下働きの労働者だけです。金持ちはさらに金持ちになっています。

「社会が回らない」とどれだけ社会のために働こうが、その見返りを得るのはい自分たちではないんです。「給料は上がってる」と思ってるかもしれませんが、そのデータを見る限りそれが適正かどうかは疑わしいものです。

この機会なんでついでに以前に考えたことを書いておきますが、ブラック企業に対して労働者たちがこれだけ不満タラタラでも存続しているのは、妥協して働く人が後を絶たないからです。

さらにいうなら、社会を回すためにまったく不要のものである派遣会社がなぜこんなにあって、なぜ派遣を使う会社がこんなにあるんだろうと思いませんか?そしてそれがなぜ成り立っているのかといえば、派遣で働く人が大勢いるからですね?

あれは究極の労働者貧乏化システムです。木でなく森を見られる人なら誰でもわかります。なぜ社会に不必要な働き方をする人が大勢いるのか理解に苦しみます。

現代において「社会をちゃんと回さなきゃ」と思っている人は、ただのコマとして扱われているおそれがあります。

それをふまえた上で、一度まわらなくなるかやってみたらどうでしょう?というお話です。

そうなった時にお金・権力を持った人たちがどうするか実に見ものです。労働者が全部いなくなったら、いくら偉そうにふんぞり返ってるお金持ちも、お金をもうけられなくなるのです。社会がそういう状態になったあとは、住みついていた宿主の昆虫が死をむかえたあとの寄生虫よろしく、もろともに息絶えていくだけです。

ユニクロの社長あたりを見る限り、そのことを理解できているの聡明な経営者・資産家がどれだけのいるのかという点は悩ましいところですが・・・まぁ、本当にそうなったら国そのものも終わりますから。本来ならこのグラフの曲線を修正しなければならない役目を担うのは国のはずです。

(野党がいいとは言っていないことだけはくれぐれもご了承ください)

そこまでやってはじめて、やりたくないことをやっている人に対する真っ当なギブ&テイクが始まると思います。社会をまわす役割が必要といいますが、富裕層のために社会をまわすコマ(コマはまわるものだけど)になる必要はありません。

ZOZO社長さんもホリエモンさんも有力な資産家であることに違いはないので、真意はわかりかねますが、少なくともこの発言だけを切り取るなら、労働者に対する的を得たメッセージだとおれは思います。

それでは、今回の記事はここまでです。ありがとうございました。

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