「貧乏人ほど宝くじを買う」ではななく、宝くじを買わなければ金持ちにはなれない!

「貧乏人ほど宝くじを買う」ではななく、宝くじを買わなければ金持ちにはなれない!

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―――と言いましたが、実はこれあらかじめ断っておくと、「たとえばの話」に過ぎないんです。

巷では『toto BIG』とか『全国自治宝くじ』などが売られていますよね。そして、それらの宝くじを「よく買っている」「たまに買っている」という人がいる一方で、「まったく買わない」という人もいます。

今回はこのことについて、個人的な意見や考察を述べてまいります。

「貧乏人ほど宝くじを買う」←当たり前だろ

さらにつけ加えれば何言ってんだ?おまえって感じです。当たり前のことをドヤ顔で言う人見ると笑いたくなります。

極端な話ロックフェラーやビルゲイツが宝くじ買いますか?まぁ、別に絶対買わないって確信があるわけでもないし、買っているかもしれないけど、少なくとも神棚に祈るほどには必要ありません。

ふつうの人に当てはめると「何千万分の一の確率で3百円当たります」って言われてるみたいなもんです(3円かも)。買わないですよね?時間の無駄です。

しかし、庶民は一獲千金の可能性にかけて買うわけです。

そのような言葉はおそらくマネー系自己啓発本で唄われていることが多いと思います。庶民の金銭・収入事情に逆張りかますのがやり口みたいなところがありますからね。

「金持ちになりたかったら宝くじなんか買わずに、その金をためて貯金やら自己投資しろ」ってことを言おうとしているのかもしれませんが、何百万、何千万を運用している金持ちに対して、庶民に何千、何万にぎりしめて勝負しろとあおっているんでしょうか?

おれはよくお金を武器に例えるんですけど、最新鋭の銃火器を持った戦闘のプロと、棒切れ一本持った若造が戦果を競い合うようなもの、といえばいいかな?

今の世の中で「富裕層の家系は富裕層に 低所得層の家系は低所得層に」はすでに常識の範疇です。金持ち一家に生まれたら10代でグレて家を飛び出すとか、結婚に反対されて駆け落ちするとか、アクシデントやイレギュラーでもない限りは落ち着くべきところに落ち着くわけです。

「汗水たらして稼いだお金にこそ価値がある」みたいな価値観の人がいますが、むしろそんな考えでやっているのは持たざる人々のみで、たくさん持っていれば持っているほど、別段汗水たらしてはいないでしょう。わかりやすく言うと不労所得があります。たらせる汗水には限界がありますからね。

むしろ庶民側のそういう考えは逆に資本主義に毒されすぎですね。お金はただの紙っぺらです。汗水たらした金でも、たらしてない金でも、同じものと引き換えられるんですよ。その紙っぺらに力を与えて一部が大部分を思うままに操れるようになったのが今の社会です。

ですから、何千万分の一の確率で戦果を上げるための武器が手に入るかもしれない宝くじを買うという選択は全然アリ、何も間違っちゃいないです。古いけど「ワンチャン」です。

結論として「宝くじを買う なぜなら貧乏人だから」でいいんです。これが正しい姿勢です。

宝くじを買わない貧乏人ってどんな人?

ちょっと自己申告が遅れましたが、おれは「宝くじをたまに買う人」に属します。「今買えば当たりそうな気がする!」と買ってはハズしています。

それで、「宝くじをまったく買わない人」の話なんですが、そういった人の理由をまとめてみると

「当たる確率が限りなく低すぎるから」

「高額当選した人を見たことがないから」

「はじめからインチキで当たりがない」

というものが大半のようです。

これらの意見に対して3番目の「インチキ」って意見はおれも肯定できます。

おれも今までその可能性については考えてましたし、人によっては何らかの確固たる情報をつかんでいるのかもしれませんから。

ですが、1番目と2番目の意見の人にはちょっと首をかしげてしまいます。

先述したように、金持ちは宝くじを買う必要がありません。ですが、金持ちでもないのに確率が低いからという理由で宝くじを買わない人。それらの人が宝くじ以外になんらかのチャンスを得られるアテを持っているかというと、どうやら決してそんなことはないようです。

「では、あなたたちはどうやって人生を現状より向上させようと考えているのですか?」と聞いてもおそらく答えは返ってきません。

ここで冒頭で言ったことに戻りますが、宝くじはたとえ話です。

宝くじなんか買わなくても、それに代わる、人生を向上させられる目標を持っていればいいんです。宝くじに使うお金があるならその目標のためにこそ使おうという選択をするのは理解できます。それがすなわちその人だけが持つ宝くじです。昔から言われる、いわゆる『宝の地図』ですね。

しかし、おれがこれまで見た限り、そのような人たちは「自分は宝くじなんか買わなくても、成りたいものに成ってやるぜ」と言う考えを持った人ではなく、単に決めつけてあきらめているだけの人、すなわち人生の宝くじを一枚も保持していない人なんです。

そういう人たちはおそらくどんな目標に対しても「可能性が低い」とあきらめてきたし、これからもあきらめていくことでしょう。いや、はじめから目を背けて見もしない言ったほうが正しいかもしれません。「どうせおれらが何やったって…なぁ?」などといって、戦果をあきらめているんです。

「でも」

「どうせ」

巷で言われるニヒリズムとか、ルサンチマンとか、そういうのです。

また、何かを否定する人というのは、実は「その何かに期待しすぎている」という別の側面があります。たとえるなら「神社で縁結びのお守りもらっても、どうせ恋人できないんでしょ?」みたいなことです。つまり「100%与えてくれるんだったらいるけど、そうじゃないんだったらいらないよ」そういうこと。

ですから、どちらかと言えば宝くじ買ってる人のほうが、肩の力が抜けてるのかもしれません。

何もないし何もしないんだったら、週に1枚の宝くじでも買っておけばいいんですよ。可能性を0.000…1%でも手の中に入れておけるのであれば。「ノーチャン」よりマシ。同じような値段で買えるタバコ1箱と違って、肺や血が劣化して老けることもないわけですから。

ですが不思議なもので、これらの「宝くじを買わない人」の中には宝くじの話題があると必ず食いついて、上のような意見を述べ始める人がいます。「宝くじなんてあたるわけない 買うだけアホらしい」と。

そう思っているなら宝くじの話に興味はないはず。では、なぜ出現するのか?ネットのアイドル・タレントのアンチと同じくとても不思議な存在です。

もしかしたらわざわざ他人の心配をしに行くほど世話好きのいい人なのでしょうか?いいえ、違うでしょう。そう言う人は大方自分の価値観に不安があるのだろう、と理解しています。

まとめ

もう一度くり返しておきますけど、たとえ話ですから別に宝くじは買わなくてもいいんですよ。

別の話になりますけど、そもそも宝くじとかtoto BIGなどをみずほ銀行や楽天しかやっていないってところが「なんだかな」と思ってしまいます。

日本政府が運営する宝くじやったらいいじゃないかと思うんですよね。ただ「金が足りないから税金上げます」っていうだけじゃなくて、国の収益を上げつつ一般庶民にも還元のある策を打ち出すべきです。国民にとって、ただ取られるだけじゃなく自分で意志を持って払うほうがいいでしょう。

それから、みずほの宝くじは聞くところによると売り上げが落ちてるらしいですね。ちゃんと当選する人が出てるっていうのがしっかり世間に認知されていれば売れるはずですが、それがないから胡散臭いと思って買わなくなるんでしょうね。

それでは、今回の話はそんなところです。「だれもがみんな財布の中に自分だけの宝くじを1枚は持っていよう!」っていうお話でした。人生1回。

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